2007.11.24 京都観光10
とうとう「第10回京都観光」♪

先週、桂離宮に行ってきました。3ヵ月前の8月1日にネットで申し込み、めでたく11月中旬の参観をゲット♪修学院離宮と仙洞御所は抽選に外れちゃったけど(悲)。行きは桂駅からバスに乗り、帰りは徒歩で桂駅へ。それではいってみよ。

桂離宮
バス停前に噂で聞いたことがある「中村軒」さんがありました。何か買ってかえろうかと考えた挙句、桂離宮の後まだ行く所あるし、カバンが小さく別に荷物を持つのが億劫だったのでやめました。また来ようと思えば来れるしね♪実は夏にマンゴーかき氷を食べてみたかったんだよな〜。来年の夏に是非来よう!と思ったのでした。

桂離宮までの道 桂離宮前のバス停から入口まで
 ぐるっと回らなきゃダメなのですが、
 歩道がめっちゃ狭っ!
 歩いてる人があまり居なかったのですが、
 他の皆さんはどうやって桂離宮に
 行ってるのだろう?


後で知ったのですが、この左側にあるのが桂垣なそうな。緑の葉に覆われた壁かと思ってた・・・。いや〜ショック!もっとちゃんと下調べしてきたらよかった〜(TT)
 
桂離宮表門付近1  桂離宮表門付近2
これは表門付近だったでしょうか。垣根が印象的だったのですが、これは竹穂垣というんだそうな。これも後で知りました^^;はー、桂離宮には垣根がたくさんあり、それぞれちゃんと見とけばよかったと今になって後悔。

桂離宮参観者出入口前 参観者出入口前にある木。
 なんかものすごい事になってます。







桂離宮垣根1 また違った垣根が・・・。
 これはなんと言うんだろ?






時間の20分前になると中へ入ることができ、参観者休所へ。10分前になると簡単な桂離宮の説明ビデオが流れ、時間になると案内してくださる方の登場。参観者の中には外国人がいらっしゃり、耳に何か音声ガイドらしきものをつけてました。京都御所では英語案内コースがあったのですが、桂離宮はないのかしら?どうなんでしょ。

桂離宮1  桂離宮1からの景色
まずはこちらから。写真左の小さな橋からは写真右のような景色が見渡せ、写真撮るポイントになってました。

桂離宮2
 これも橋付近だったかな〜。←写真の順番から多分そうじゃないかと・・・^^;

桂離宮御幸門
「御幸門」。この門は後水尾上皇を迎えるのに造られたと言われてるおり、家仁親王の時に再建されたそうです。
11月中旬で休日、そして参拝者が多い中誰も写っていないこのような写真が取れたのはラッキーです♪私が行った時は、この紅葉プラス御幸門を写真に撮りたい!って方が多かったみたいで、案内人の方の説明が終わったあと殆どの方が写真撮る場所に移動したので門付近は誰も居なかったんですね〜♪写真を撮ってる私の横一列は人だかりということです^^
案内人の方のペースを崩してしまい申し訳ないなと思ってたんですが、実は案内人の方、マイペースでどんどん先に行っちゃってました^^;写真も撮りたいし説明も聞きたいという欲張りな私は常に駆け足だったかも。場所によっては写真を優先してたので説明をちゃんと聞くことが出来なかったのが残念(自分のせいだけど^^;)。
そういや京都御所に予約して行った時は説明の後に常に写真撮影タイムがあったのですが、場所によって違うのかなぁ。

桂離宮外腰掛までの道
外腰掛までの道。色付いてきてる紅葉に写真を撮る人は多かったですね。

桂離宮外腰掛  桂離宮外腰掛便所
茶室の松琴亭の待合腰掛である「外腰掛」(写真左)。便所付きです(写真左)。

桂離宮外腰掛内部 外腰掛はご覧の通り、
 丸太で支えています。
 こんな細い丸太でよく支えてるなと
 感心。
 腰掛部分があるから安定してるんだろうな。
 きっと・・・。

 

桂離宮外腰前の燈籠と手水鉢 外腰前の燈籠と手水鉢。
 手水鉢は2重の枡を
 イメージしてるんだとか。






松琴亭外観
桂離宮で最も格の高い茅葺入母屋造りの茶室「松琴亭」。左手前の石は「洲浜」と言い、扁平な石が敷き詰めらおり先端には燈籠があります。

松琴亭襖1  松琴亭襖2

松琴亭襖3  松琴亭襖4
こちらの4枚は「松琴亭」内で、色んな角度から撮ってみました。松琴亭の市松模様はシンプルなんですが、青と白の市松模様は個人的に大好きなので満足満足♪

松琴亭からの景色
松琴亭からの景色

桂離宮燈籠1 灯籠
 敷地内にはさまざまな形の
 灯籠があり、見つけるのが
 結構楽しい♪

 後から知ったのですが、
 これはもしかして
 「水蛍」と言われる灯籠?



桂離宮笑花亭外観 苑内で最も高い位置にある
 「笑花亭」で消夏のための小亭。
 






桂離宮笑花亭内部1  桂離宮笑花亭内部2
「笑花亭」の中

桂離宮園林堂外観  桂離宮園林堂前灯籠
「園林堂」とその前にある灯籠

桂離宮笑意軒と灯籠
「笑意軒」と灯籠

桂離宮笑意軒別の景色
「笑意軒」を別の角度から撮ったもの

桂離宮笑意軒内部1
「笑意軒」の内部

桂離宮笑意軒内部2
「笑意軒」の内部

桂離宮笑意軒前の石畳 笑意軒」前の石畳








桂離宮笑意軒周辺の灯籠 笑意軒近くにあった灯籠。
 三角形の灯籠で、なんか可愛らしい♪









桂離宮笑意軒からの園林堂
笑意軒から見た園林堂

桂離宮古書院 「古書院」
 この写真ではわかりづらいですが
 正面に「月見台」があます。
 ここから見る庭園は
 ステキなんだろうな。




桂離宮月波楼外観
茶室「月波楼」

桂離宮月波楼 全体的にとっても開放的で、
 ここからも見晴らしが良さそうです♪









桂離宮御輿寄  桂離宮御輿寄2
書院の玄関「御輿寄」

大体1時間の案内でしたが、とっても満足です♪帰りは歩こうと思っており、中の方に桂駅までの道を聞くと、あらかじめ用意してあった桂駅までの案内図で丁寧に教えてくださいました。行きのバス道ではなく、御霊神社前を通って北側から駅に向かうというルートだったのですが、15分ぐらいだったでしょうか。このルートを知っていれば行きも徒歩でもよかったかな。あ、それだと中村軒さんの場所を知ることはなかったか^^;


宝厳寺
ちょうど夕方だったので、嵐山駅まで行き宝厳寺のライトアップを見に行きました。17:30分過ぎに着いたのですが、結構行列が出来ててびっくり!寺院のライトアップは初めてなんですが、やはり人気があるんだな〜。
ただ写真を撮るにも私が持ってるのはデジカメなので、夜景を撮るにはかなり限界が(というより私の腕の限界が・・・)。よってかろうじてまともに撮れたのはほんの一部だけ(泣)。

宝厳寺外観1  宝厳寺外観2
入口です。

宝厳寺灯籠1
とってもいい感じ♪

宝厳寺1

宝厳寺2  宝厳寺3
案内図を全く見てないので、一体何の建物を撮ってるのかさっぱり^^;

宝厳寺4

宝厳寺5  宝厳寺6

宝厳寺7
最後の1枚だけは私の自信作!デジカメで、しかも私の下手っぴな腕でよく撮れたと♪写真が好きな方から見れば全然ダメな写りですが、私の中ではダントツなんですよね〜^^かなり自己満足に浸りました♪


「第9回京都観光」を終えて
初めて行ったライトアップ。めっちゃ寒かったので、今後どこかのライトアップに行く時はぬくぬくで行こうと決心(笑)。これからの京都は超寒いんだろうな〜。
2007.11.18 京都観光9
「第9回京都観光」です♪

11月4日(日)。この日は『第43回京都非公開文化財特別拝観』に行こうと計画を立ててたのですが、京都に着いたのはお昼前・・・。ということで、大幅に予定を変更した一日でした^^;

冷泉家
歌聖と仰がれている藤原俊成・定家父子を遠祖とする「和歌の家」。定家の孫である為相が初代で以来800年にわたり和歌の宗家として伝統を今日に伝えているそうな。解体修理は行ったものの、かつては公家町の一画であったこの土地に屋敷を構えてから400年、最古の公家住宅として重要文化財だそうです。

冷泉家外観 絶対行こうと決めてた冷泉家。
 だって11月1日〜4日だけの
 特別公開なんだもん♪
 4日だけの公開、そして日曜日とあって
 めっちゃ混んでました。
 なので写真を撮るのも一苦労^^;


門のところで『第43回京都非公開文化財特別拝観』の小冊子「拝観の手引き」を購入。といっても人混みの中、私の前後にいた人が皆お金を払っていたので拝観料を払いパンフレットをもらってるんだという勘違いから購入した訳ですが(笑)。

冷泉家しゃぐま 台所にある「しゃぐま」。
 この藁束は祇園祭の長刀鉾に
 使われていたもので、魔よけとして 
 飾るようになったそうです。
 




冷泉家内玄関  冷泉家大玄関
普段の来客や家族が出入りする「内玄関」(写真左)と、当主や貴客の出入りに利用された「大玄関」(写真右)。

冷泉家上の間 「上の間」。
 身分の高い客用として利用。







冷泉家中の間  冷泉家使者の間
「上の間」と同等の客用の「中の間」と、使いの者や身分の低い者が利用してた「使者の間」。

冷泉家右近の橘  冷泉家左近の梅
「右近の橘」と「左近の梅」

冷泉家広間 上の間の北にある「広間」。
 こちらは近代的な客間として
 大正時代に新設されたもの。






冷泉家灯籠  冷泉家手水鉢
混雑した中、あまり注目されてなかった「灯籠」と「手水鉢」。「灯籠」は可愛らしいし、「手水鉢」は3本の細い竹がなんとなく上品さが漂ってます。

冷泉家御文庫 北側にある「御文庫」。
 冷泉家に伝来した典籍や古文書が
 収められている場所。
 (古今和歌集・後撰和歌集・拾遺愚草・
 古来風躰抄・明月記など)





全体的の感想は、外壁は広く感じたのですが、中は意外とこじんまりした感じかな。

最初の予定では「下鴨神社」と「法然院」にも行く予定だったのですが、ほどんどが16時までということ・そしてこの2つは行ったことがあるという理由で泣く泣く飛ばすことに(悲)。ということで次は「智積院」へ。


智積院
こちらは11月1日〜11日までの特別公開。
智積院外観2  智積院外観1
弘法大師空海を宗祖とする真言宗智山派の総本山。 写真左は総門(ここからは入場できず)で、実際入ったのは写真右。

智積院宝物館 入ってすぐ左に「宝物館(収蔵庫)」が
 あり、まずはこちらから。
 ここには国宝の障壁画を収納。
 「桜図」は長谷川等伯の子である久蔵の作で
 この絵を描き終えた26歳で没。



説明してくださる方がいらっしゃり、話を聞くと明かりを暗くすると白い花の部分が浮かび上がって見えるんですって。うーん、幻想的なんだろうな。
 その左隣にあるのが長谷川等伯作の「楓図」。久蔵の死を弔うために自己の生命を画面一杯に傾けて描いたと伝えられています。壮大で素晴らしい絵というだけでなく、いろんな想いが込められてるんですね。

智積院講堂外観1 灌頂道場や各種研修の道場として
 使用されてる「講堂」。
 かつては方丈と呼ばれてましたが、
 焼失により現在の建物は平成7年に
 完成したものだそうです。
 手前の句碑は高浜虚子のもので、
 積院を参拝した時に作られたもの。


智積院講堂中
講堂の中から
 
智積院庭園と大書院
庭園と大書院
 
智積院手水鉢 な、長細い・・・!
 長方形もいいもんです♪







智積院金堂外観  智積院金堂
寺院の中心となる金堂。写真左は「宝物館」拝観受付付近から撮ったもので、写真左は間近から。

智積院の受付で尋ねたところ、広い敷地なのに境内案内付きのパンフ(チラシのようなもの)はないそうです・・・(悲)。拝観チケットを購入したら引き換えにもらえる案内パンフのようなものは、場所を把握するだけでなく、内容も知ることが出来るので私にはか〜なり重宝。今までこれに頼ってた部分があるので、手元に何も資料がない時はちょっと不安なんです^^;

そうそう、「宸殿」(←だっけな?)では堂本印象の襖絵も見ることが出来ます。私は切手になった兎さんの絵しか知らなかったのですが、「婦女喫茶」の襖絵を見た時は「こ、これが襖絵?!畳に合うのか?」というのが率直な感想。襖絵=和というイメージを大きく持ってるものにとってはかなりの驚きかも(笑)。


この後に『第43回京都非公開文化財特別拝観』の「東福寺」に行く予定だったのですが、あまり時間がないため、そして「三十三間堂」「狩野永徳展」に行きたいという衝動にかられ、本日はこの付近を散策することに急きょ決定〜^^
この辺りは事前に詳細を調べてなく旅行書を手にしながら歩くことに。まずはこちらから!


妙法院
妙法院外観 延暦寺の別院として比叡山に
 創建されたものを移築。
 青蓮院・三千院とともに「天台三門跡」の
 一つである由緒ある寺院。
 後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの
 寺院でもあるそうな。





妙法院庫裏  妙法院大玄関1
豊臣秀吉が千僧供養のために使用した巨大な台所「庫裏」(写真左)と「宸殿」の玄関(写真右)←多分。

妙法院本堂(普賢堂)2
「本堂(普賢堂)」
通常非公開で、私が行った日も非公開だったため、寺内は入れず境内のみです。秀吉ゆかりの品があるらしく、特別公開時に来てみたいな〜。いつなんだろ?巨大な台所・庫裡の中も見てみたい。そういや外壁に「妙法院門跡」の看板があり、【毎月十四日 午前十時 本尊開扉法要(参拝可)】と書かれてました。ということは本尊普賢菩薩を安置する本堂(普賢堂)の参拝が出来るってことなのかな?


三十三間堂(蓮華王院)
本堂の柱間が三十三あるため三十三間堂と呼ばれており、もとは後白河上皇の法住寺殿の一画にあり、平清盛が創建したもの。その後、焼失したが1266年に再建し、4度の大修理によって保存されてるのが現在の本堂。ちなみに「三十三」という数は、観音菩薩の変化身三十三身にもとづく数を表しているんだそうです。

三十三間堂外観2 写真は建物の東側。
 約120mの長いお堂の中には
 「千手観音立像」、「千手観音坐像」、
 「風神・雷神と二十八部衆」などがあり、
 凄い迫力です!!


 
千手観音坐像を中心に左右に各500体(10段に並べられてました)づつ並んでおり、正しくは「十一面千手千眼観世音菩薩」だそうです。これはですね〜、もう圧巻の一言です。長い廊下に足を踏み入れた時点から、ずら〜りと横に並んでる姿に圧倒されました。
廊下にある大きな柱も印象的だったのですが、天井の垂木の表面に「華模様」という模様を少しだけ見ることが出来ます(この部分だけライトアップされてるのですぐわかります)。
創建時は、外側の柱や板壁はすべて朱塗りで、堂内も鮮やかな「極彩色」で仏の世界を象徴する様々な模様が描かれていたそうな。

三十三間堂外観1
建物の西側で、南端から北端へ一昼夜矢を射ち続けられた「大矢数」という古儀は今も受け継がれ、毎年お正月に「通し矢」という行事があります。来年の平成20年は1月13日(日)にあり、無料公開されるんですって。頭痛封じの「やなぎのお加持」も行われるそうです。

三十三間堂東大門と庭園  三十三間堂太閤塀碑
「庭園」(写真左)と「太閤塀」(写真右)。しまった〜、肝心の塀の写真を撮り忘れてる〜(泣)。


法住寺
法住寺外観1  法住寺外観2
 行きたいリストに入っていたものの、急きょこの周辺を回ることにしたので全く下調べしてなかったんですが、もしかして参拝出来たのかな?人が誰もいなく、どうしようか迷った挙句ちゃんと調べてから来ようと思いました^^;
※調べてみると参拝出来たようです。しかし紹介してるサイトによってはお寺の方が案内してくださるとも書いてあり、もしかして予約が必要?どうなんでしょ。

 
養源院
養源院外観  養源院門から中
豊臣秀吉側室である淀君の父である浅井長政(養源院)の追善のために建てたお寺。後に焼失してしまいますが、徳川秀忠夫人の崇源院の願により伏見城の遺構を移建したのが今の本堂。以来、徳川家の菩提所となっています。

中へ入り数名揃うと、ラジカセ(?)による説明を聞きながら見所を鑑賞。鶯張廊下の説明を聞き、俵屋宗達作による杉戸絵「白象図」の説明を聞くのですが、そういや拝観料を払った時にこの絵が描かれた絵葉書をもらいました。
この絵葉書を見ただけだと、欧米の美術館に展示されてそうな感じなんですが、実は日本の寺院にある日本人画家による杉戸絵ですよね〜。象だけに、タイの絵葉書だと言われたら私は確実に信じてしまうでしょうね^^;
俵屋宗達作の絵は3〜4ヵ所あったのですが絵の前にガラス戸があり、真正面から見ようとすると自分の姿が反射して絵自体がちゃんと見れなかったのが残念。
あと有名なのが血天井。源光庵、正伝寺に続き三ヵ所目です。
徳川家家臣の鳥居元忠自身の血痕あとが残っており、こちらではお寺の方(女性)が長い棒で天井を指しながら説明してくださりました。頭や足、手までちゃんと形が残っており、隣にある家来の血痕も・・・。説明を聞くと、横たわっている形の血痕に納得。
うーん、ここまで残ってのは科学的とは関係なく、後世に戦の意味を伝えたかったのかなと思ってしまいます。


豊国神社
豊国神社外観 旧方広寺大仏殿遺跡地にあり、
 ご祭神は豊臣秀吉。






私が行った日は、太閤秀吉七回忌豊国大祭礼四百周年記念『平成風流踊ルネッサンス』が開催されてました。これは太閤秀吉七回忌豊国大祭礼の時の踊りを新たな形で復元していこうという催しで、門を入ると人だかりが。

豊国神社人だかり み、見えない・・・。








豊国神社催し なんとか見えました^^
 
 





豊国神社宝物館廊下  豊国神社宝物館外観
本殿前に人が集まってるせいか、宝物館付近の廊下はガラガラ。そして宝物館の中も空いてました(写真右)。こちらの宝物館では秀吉ゆかりの品が展示されています。私の覚えてる範囲で言えば、屏風・燈籠・唐櫃・弁当箱・鎧・瓦などが展示されてたような・・・。

馬塚 宝物館の裏にある「馬塚」。
 五輪塔なのですが、裏の隅にあり
 ひっそりと建っていました。
 阿弥陀ヶ峰の旧豊国神社にあったものを
 秀吉を慕う人々が代拝所として
 移霊してもので、徳川氏の情勢を恐れて
 当時の近辺の地名である「馬塚」と
 呼ばれたと言われてるそうです。

なお、豊国神社の近くには「耳塚(鼻塚)」もありました。


方広寺
方広寺外観 豊臣秀吉により建立された
 大黒天を祀る寺院。







方広寺鐘 東大寺、知恩院と並び日本三大名鐘。
 方広寺は豊臣家が創建するも、
 鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」が
 家康に対する反逆と言いがかりをつけたため、
 豊臣家滅亡の原因の1つとなったそうです。
 (大坂の陣・冬の陣)




「第9回京都観光」を終えて
京都国立博物館へ「狩野永徳展」を観に行こうと思ったのですが、入口で90分待ちと知り諦めました・・・残念。

すぐに記事をアップしないもんで、ホント内容を忘れかけてる・・・。この後既に2回京都に行ったのですが、未だ写真の整理すら出来てない^^;来週にも京都に行こうと思っているのに、どんどん溜まっていくよ〜(泣)。もう年末に一気にアップしようかななんて思ったり(笑)。備忘録なのに記事にする前に忘れちゃいそうだわこりゃ。